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埼玉県指定有形民俗文化財 「田子山富士」(志木のお富士さん)

1.築造の由来

  1. 幕末時代、引又宿に、醤油醸造業を営み富士信仰の篤い、高須庄吉と言う人がいました。高須氏が夢の お告げに従って田子山塚に参詣したところ、「逆修」 の板碑を発見しました。

    (参考)「逆修(ぎゃくしゅ)」:あらかじめ生きている内に自分の為の法事を修め、冥福を祈ること。
  2. この逆修板碑は、室町時代初めの暦応3年(1340)、廻国の僧(又は館村の僧)、十瀧房承(じゅうりゅうぼうじょう)海(かい)が富士山入定に先立ち建立したものでした。
  3. 富士山を篤く信仰する高須氏はこれにいたく感激し、 田子山塚の上にミニ富士山(富士塚)を築造する決心 をし、同士を募り、明治5年に完成しました。
  4. この工事には、多くの寄進や労力奉仕が寄せられ、 数多くある石像物には、寄進者合計2,416名の名前 が刻まれています。

2.大きさ 高さ:約10m

3.奥宮 「浅間神社」、ご祭神「木花開耶姫命」(コノハナサクヤヒメノミコト)

4.特徴 

  1. この塚の規模はもちろん、石像遺物の数と種類、細工は他の富士塚と比較しても並外れて優れており、当時の引又宿の経済力と近在の人々の富士山信仰への思い入れをうかがい知ることが出来ると共に、貴重な文化財です。
  2. 石造物には、修験道・仏教・神道・道教など、多くの系統のものが混在しており、日本人の伝統的宗教観が良く現れています。
    • 仏教:「不動明王立像」・「雲切不動尊」・「経ヶ獄玉垣」 (尾上菊五郎・岩井半四郎・坂東三津五郎など歌舞伎役者名あり)
    • 神道:「日本健命(ヤマトタケルノミコト)碑」・「松尾神社」・ 「阿夫利(あぶり)神社」
    • 修験道:「天狗座像」・「鳥天狗立像」・「高尾山御神体立像」
    • 富士講:「浅間神社」・「鳥帽子(えぼし)岩」・ 「小御岳(こみたけ)神社」・「寶氷山」
  3. 「富士塚」としての6要件全てを満足している富士塚は稀有であり、 極めて貴重なものです。
    1. 「山頂に祠」があること、
    2. 「鳥帽子岩」があること、
    3. 「小御獄神社」があること、
    4. 富士山の溶岩「黒ぼく」があること
    5. 「ご胎内」(地下洞穴)があること
    6. 「霊峰富士を遠望」できること

5.「埼玉県指定有形民俗文化財」

「田子山富士塚」は平成18年3月に志木市として初めて「埼玉県指定有形民俗文化財」に指定されました。国指定文化財となっている他の富士塚と比較しても遜色ない、すばらしい「お宝」です。

6.「富士講」についての一口メモ

  1. 食行身禄(じきぎょうみろく1671~1733)
    • 「乞食身禄」とも呼ばれる富士講の講祖。行商しながら布教し「代受苦」を実践。世直しを祈念し、人柱となるため鳥帽子岩の下で断食して入定した。
    • 身禄入定は大きな反響を呼び、江戸を中心に富士講ブームが起き、400を超える多くの富士講ができた。講の会員が順番に登拝する代参講の方式をとった。最初は信仰から始まったにせよ、なかなかよく工夫された「会員制レジャー組織」で多くのお楽しみも提供した。
  2. 「宗岡富士」  
    • 志木には、上宗岡(羽根倉橋のたもと)にも、浅間神社に隣接して富士塚がある。

浅間神社の外壁に彫られたレリーフの画像

(逆修板碑を祀った浅間神社)の画像
(逆修板碑を祀った浅間神社)
(裏側:白糸の滝)の画像
(裏側:白糸の滝)
左側:食行身禄の画像
左側:食行身禄
右側:木花開耶姫の画像
右側:木花開耶姫

周辺案内図

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